朝日のやうにさわやかに。

自分が忘れない様に

足場を無くして。

最近ぽっかりと穴が開いた時間が多い

 

いろんな事に対してすぐにイライラしている気がする

要するに短気 気が短くなっているのだ

気が短いというのは単純に心の余裕がないとも言える

 

彼とすぐ口論に発展する

私はそんなつもりはないし

無論、彼も同じであろう

 

私は物心がつくころにはもう既に家庭は終わりに終わっていたし

中学にあがってすぐ精神病を患っていた

心が破綻していた

 

そういってしまえば簡単なのだが

今思い返してもあのときの私は異常に思える

常に人におびえ家から出る事だって少なかった

かといって家が楽かといわれるとそうではない

俗に言う家出というのも計五回くらいはしたのではないだろうか

 

心がざわざわしているのが当たり前だった

私に寄り添ってくれていたのは家族でも友人でもなく

インターネット、SNSだった。

そして音楽

これがなければとっくのとうに死んでいたかもしれない

 

当時はモバゲー、グリー、mixiなどが主流だった

私はその中のひとつ、グリーにどっぷりつかっていた

全国の見ず知らずの相手と共通の話題で盛り上がるのが楽しかった

同じように家庭環境や学校のことなどで苦しんでいるような子はたくさんいて

そのような話もできた

10年近くたっているが今も友人である人は何人かいる

 

ちなみに今で言うならツイッターだ。

そこがある種の拠り所になっていて

今はもうそれを手放せる気がしない

 

このぽっかり開いた穴を私はSNSで埋めていた

でも年を取るにつれそういう心の埋め方がわからなくなってきた

 

私は他人に甘えることができない

それは知り合いであればあるほど出来なくなっていく

家族友人パートナー

みんな甘えられる対象に立っていない

 

昔の私ならむしろパートナーに甘えるのが当たり前だった

でもなぜ最近できないのか

それは単純に彼と家族になったとかそういう話ではなく、

彼がぽっかり穴をあける原因だったりするからである

 

でも、だから、私はこの穴の埋め方がわからない

誰かに助けを求めようにも誰に?

誰もいないのだ

 

だから、誰でもない

そう独り言のようにこうやって

ブログというコンテンツで吐き出しているんだと思う

 

アクセス数をログインするとき必ずといっていいほど見るのだが、

それが毎日1か2ついていたりしてうれしくなる

ある種の承認欲求なんだろう

でもいつも、これは知り合い?誰が見ているのかしら

と思ったりする

 

誰かがこんな長い独り言を読んでくれているのだとしたら

ありがとうとごめんねを送りたい